佐賀地方裁判所 平成4年(行ク)1号 決定 1993年4月08日
申立人
中村勝彦(X1)
(ほか六二名)
右申立人ら訴訟代理人弁護士
宮原貞喜
同
河西龍太郎
同
本多俊之
同
松田安正
同
中村健一
被申立人
佐賀県知事 井上勇(Y)
右被申立人訴訟代理人弁護士
安永宏
右被申立人指定代理人
富田善範
同
西村裕行
同
新垣栄八郎
同
佐藤實
同
井芹知寛
同
岩瀧清治
同
宮地洋三
同
重松洋
同
伊藤正
同
山田研二
同
持永秀司
同
田中浩
理由
第四 当裁判所の判断
一 本件各疎明資料によれば、以下の事実が一応認められる。
1 申立人らは唐津市に居住する者である。
2 申立人坂口登、同吉田久之及び同稲葉和廣の三名(以下「申立人坂口ら」という。)は、佐賀県唐津市佐志浜町地先の別紙埋立区域目録記載の公有水面一七万九〇〇〇・五〇平方メートル(以下「本件公有水面」又は「本件埋立地」という。)を含む海域において共同漁業権(松共第五号)及び区画漁業権(松区第一二〇三号、一三〇三号)を有する唐房漁業共同組合の組合員であり、同組合の制定した漁業権行使規則の定めるところにより、右区画漁業権(松区第一三〇三号)に基づく漁業を営む権利に基づくとして、本件公有水面から約一五〇メートル離れた場所で鯛の養殖(孵化、稚魚育成)を現実に営んでいる者である。
3 申立人熊本光佑、同熊本幸代、同原田照雄、同原田真佐子、同宮崎盛夫、同宮崎久美子及び同宮崎義晴の七名(以下「申立人熊本ら」という。)は、本件埋立地付近に居住し、家庭廃水を排水している者である。
4 被申立人は、唐津港湾管理者の長であって、港湾法五八条二項によって公有水面埋立法(以下「法」という。)による埋立の免許の権限を有する者である。
5 昭和六三年八月唐津港港湾管理者である佐賀県は唐津港港湾計画を改定した。右計画によれば、昭和七五年(平成一二年)を目標として、
(1) 東港地区においては、観光の基盤施設として旅客船ふ頭を整備する、
(2) 新大島地区においては、新たに公共ふ頭を整備し集約化を図るとともに、小型船だまりを整備する、
(3) 佐志地区においては、廃棄物処理用地を確保する、
ことなどが計画された。
佐志地区における本件公有水面の埋立て(以下「本件埋立て」という。)は、右港湾計画にしたがって、唐津港港湾整備等で発生する浚渫土砂や産業廃棄物を用材として埋め立て、埋立地を住宅関連用地、道路用地、緑地として利用しようとするものである。
6 被申立人は、平成三年三月七日、佐賀県に対し、法二条一項に基づき、本件公有水面の埋立てを免許する旨の処分(以下「本件処分」という。)をし、同月二二日、法一一条に基づき、佐賀県告示第一六九号をもって同処分を告示した。
7 佐賀県は、同年五月一四日から本件公有水面の外周護岸工事を開始し、予定どおり工事を進行させており、平成五年三月までに外周護岸(別紙図面記載のA、B、Cの各護岸)を概成させ、同年五月から埋立土砂を搬入させつつ、外周護岸の上部工を施行し、平成一〇年五月までに埋立工事を終了させる予定である。
8 申立人らは、平成三年、被申立人を被告として、本件処分の取消請求訴訟(平成三年行ウ第五号)を提起した。
二 申立人適格について
1 行政事件訴訟法二五条二項所定の執行停止申立事件について申立人適格を有するのは、処分の取消しを求める本案訴訟において原告適格(同法九条)を有する者、即ち、執行停止を求める当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者であり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むものと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである(最高裁平成四年九月二二日第三小法廷判決・判例時報一四三七号二九頁参照)。
2 そこで、右のような見地に立って、法二条に基づく埋立免許処分につき、周辺住民にその取消しを求める原告適格があるか否かを検討するに、法四条には、埋立免許の基準の一つとして「埋立ガ環境保全及災害防止ニ付十分配慮セラレタルモノナルコト」(同条一項二号)が定められているところ、右条項は、環境保全及び災害防止につき十分な配慮がなされていない埋立てにより周辺住民の生命、身体、重要な財産に重大な被害を及ぼすおそれがあるときには、これらの利益を、単に一般的公益として保護しようというにとどまらず、個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むものと解するのが相当である。
3 申立人らは、<1>本件埋立予定地の佐志浜の付近で長年にわたって生活し、佐志浜及びその付近の海面で海水浴をしたり、散歩したり、魚介類を採取したりしてこれを利用し、かつ、佐志浜の景観美を享有してきたが、本件埋立工事によって、これらの利用や利益を受けることが妨害される、<2>産業廃棄物を用いて埋め立てる計画であるが、これが流出したり、埋立地が住宅地としても利用されることにより生活雑排水が増加して環境が破壊される、<3>埋立工事による海水の汚濁や騒音、振動、大気汚染、更には陸上海上の交通渋滞も予測され地域住民である申立人らの生活環境が悪化する、<4>本件埋立計画では佐志川の河口の形状が、海から陸に向かってかたかなの「ハ」の字型に完成するようになっているが、これでは海水が河口周辺部で氾濫する危険が高く、氾濫による家屋、家財道具の損壊や生命の危険を招く恐れがある、と主張する。
しかしながら、右<1>ないし<3>については、それが申立人らの生命、身体、重要な財産に具体的にいかなる被害を及ぼすものか明らかではなく、これを認めるに足りる資料もない。
次に、右<4>の点について検討するに、一般的には、河口部における埋立ての場合、直接侵入波と反射波が合成されるとき、河道内の波高が増大することがあるが、本件埋立計画にあっては、埋立護岸によって波が侵入しにくくなるため、新日本気象海洋株式会社等の波浪推算によると、佐志川の河口付近では、埋立てによって河道内に侵入していく波高は、現況より若干小さくなると予測されているのであって(疎乙二五)、これと反対趣旨の、逆八の字型の護岸のため台風接近時に河口へ押し寄せる波が増大することを前提として河口周辺部が氾濫し易くなるとする唐津市議会議員増本享作成の調査報告書(疎甲五八)は採用しがたい。そして、他に本件埋立てが佐志川の氾濫の危険性を高めることを認めるに足りる資料はない。
4 以上によれば、申立人らが、本件埋立地の周辺住民として、本件処分の取消訴訟の原告適格を有することを基礎づける、本件埋立てが申立人らの生命、身体、重要な財産に重大な被害を及ぼすおそれがあることを認めるに足りる資料がないから、申立人らは、本件埋立地の周辺住民として、本件申立ての申立人適格を有するとはいえない。
三 回復困難な損害について
1 申立人坂口らは、本件埋立工事によって海面に汚濁やコンクリート灰汁が発生し、それが右申立人らが漁業を営む別紙図面記載の養殖場まで拡散し、また、埋立工事に伴う振動や騒音の発生及び汚濁防止膜の設置による潮流の遮断により養殖魚の成育阻害をきたし、更に、埋立地の形成により潮流の変化が生じ、埋立てに用いられた産業廃棄物が海面へ流出することなどにより、漁獲の減少等の被害が現に発生し、今後も発生する恐れがあるから、右申立人らはこれにより生計の資を失い回復の困難な損害を受けることになる旨主張する。
申立人坂口ら作成の申入書(疎乙二八)及び申立人吉田久之作成の陳述書(疎甲六三)には、申立人坂口らは、昭和六一年から、唐房漁業協同組合の区画漁業権松区第一三〇三号に基づいて鯛の養殖(孵化、稚魚育成)を開始し、年々生産尾数、販売金額とも増え、平成二年には、稚魚生産尾数三五万尾、販売尾数二二万尾、販売金額一一八三万円であったところ、本件埋立工事が始まった平成三年には、生産尾数一二万尾、販売尾数一〇万五〇〇〇尾、販売金額五八七万五〇〇〇円に減少したが、生産尾数の減少は、平成三年五月に始まった護岸工事の海底掘削、投石、砂の投入工事による振動や騒音が激しく、これが稚魚にストレスを与えたことと、養殖場から四五メートル離れたところに設置されたオイルフェンスが干潮時には海底に届いて潮流の流れを遮り海水が澱んだため、稚魚の発育遅れや病気の多発が生じ、稚魚の歩留りが悪くなったことが原因である旨の記載がある。
しかしながら、佐賀県唐津港管理事務所及び新日本気象海洋株式会社作成の報告書(疎乙二四)によれば、平成三年五月から同年九月までの本件埋立工事による水質汚濁、水中騒音及び潮流が申立人坂口らの営む養殖業に与えた影響は軽微であるとされており、右護岸工事の影響で右申立人らが営む養殖業の業績が悪化したことを疎明するに足る資料はない。
ところで、本件埋立工事については、平成四年七月において外周護岸の約七割が既成しており、平成五年三月までには、基礎工(地盤改良、床堀、基礎捨石投入)、本体工(方塊及び直立消波ブロックの据え付け)、裏込及び裏埋工(裏込石の投入等)が完了して外周護岸が概成する予定であり、平成五年五月ころから、埋立土砂の搬入と併行し、外周護岸の上部工(A護岸においては、コンクリート、ミキサー船で本体工の上部にコンクリートを打設する。B護岸においては、コンクリートミキサー船で本体工の上部にコンクリートを打設するのと並行して本体工前面に基礎の洗掘を防ぐため被覆石設置工事を施行する。)が六か月間程施行され、平成一〇年五月までには埋立土砂の搬入、整地を終えて埋立工事が終了する予定であることが認められるのであって(疎甲二六、乙二六、二七)、今後行われる予定の上部工によっては、その工事内容に鑑みると、これまでのような振動、水中騒音が発生するとは認められず、また、外周護岸の概成後、埋立土砂を搬入する際に余水排水等に伴う懸濁物質の発生が考えられるが、海生生物へ及ぼす影響はないとされている(疎甲二三)。
次に、潮流について検討するに、前記のとおり平成五年三月には外周護岸が概成し、護岸が海面上に達していることが認められるので、今後埋立工事を続行したとしても、潮流が変化することは考えられない。
以上によれば、仮にこれまでの本件埋立工事により右申立人らが営む養殖業の業績が悪化したとしても、今後の本件埋立工事の続行によって、右申立人らが将来にわたり漁業を営むことを不可能にするほどの壊滅的な打撃を受けるおそれがあるとは認めることができず、右申立人らが、本件埋立工事によりある程度の業績の悪化が生じて損害を被ることがあったとしても、右損害は金銭賠償により償うことができる性質の損害であるということができる。
そうすると、申立人坂口らには、回復困難な損害を避けるため本件処分の効力を停止する緊急の必要があるとはいえない。
2 申立人熊本らは、本件公有水面に長年にわたって生活雑排水をなしてきた者で、法五条四号にいう慣習排水権者であるとして、本件埋立工事によって海への排水を絶たれることになり、回復困難な損害を受ける旨主張する。
本件疎明資料〔証拠略〕によれば、申立人宮﨑盛夫、同宮﨑義晴及び同宮崎久美子は、家庭廃水は南側市道側溝に排水しており、本件埋立てにより直接影響を受けるものではないこと、申立人熊本光佑、同熊本幸代、同原田照雄及び同原田真佐子は、家庭廃水を海岸保全施設側溝に流し、その側溝から本件公有水面に排水していること、本件埋立てにより右海岸保全施設は用途廃止される予定であるが、本件埋立計画においては、本件埋立地及びその付近に排水路が設置されることとされており、右申立人らの住居はいずれもこの排水路設置区域内にあることが一応認められる。
右事実によれば、右申立人らは、本件埋立てによって排水の面で回復困難な損害を受けるとはいえない。
四 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、申立人らの本件申立ては、いずれも不適法又は理由がないから、これを却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 生田瑞穂 裁判官 岸和田羊一 永渕健一)